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世論調査が直面するサンプルとバイアスの罠

世論調査とは、有権者や市民の意見を数値化して把握しようとする取り組みです。政策の方向性や政権の評価を議論する際、政府や新聞社、テレビ局は世論調査の結果を示し、「国民の声」を一定のルールに基づいて集計します。しかし、こうした調査の実施方法やバイアスへの対処法については、あまり知られていない面もあるかもしれません。ここでは、日本の世論調査における統計的な手法や、調査対象・回答の偏りによるバイアスに注目し、その仕組みと課題を概観します。

世論調査の方法と統計学的手法

日本の世論調査では、かつて訪問面接調査が主流でした。調査員が無作為に選ばれた対象者の家を訪ねて対面で質問する方式は手間がかかりますが、比較的高い回答率が得られる利点もありました(※1)。ただし留守や不在が増えるにつれ短期間での結果が求められるようになったこともあって、近年では電話調査の割合が格段に高まっています。とりわけコンピューターでランダムに電話番号を生成するRDD(Random Digit Dialing)方式は、番号が未掲載の世帯を含めて幅広く呼び出せるため、代表的な手法となりました(※2)。さらに携帯電話ユーザーが増えたことで、固定電話と携帯電話の両方を対象にする方式が導入され、若年層や単身世帯へのカバレッジが改善されています。一方、インターネット環境の普及に伴い、オンライン調査を活用するケースも増えてきましたが、ネット利用者に偏るリスクへの対策として、回答者の属性を集計時に補正するウェイト付けを行うなど、多様な方法が試行されています。

世論調査では有権者を代表するサンプルを得るため、無作為抽出が基本となります。政府や主要メディアは住民基本台帳や選挙人名簿、または電話番号リストを用いて、理想的には「日本全国の縮図」を作り出そうとします(※3)。とはいえ、サンプルと実際の人口構成が完全に一致することは難しいため、調査の最終段階では年齢や性別、地域などの比率が全体の有権者構成と一致するように重み付けを施すことが多いです。また、同じ質問でも表現や順序によって回答が変わる恐れがあるため、各社とも質問文を中立的に設計し、過去データとの比較が可能となるよう継続的な工夫を続けています。

バイアスの影響と対策

世論調査の結果にはさまざまな要因による偏りが入り込む可能性があります。その代表例としては、選択バイアス、非回答バイアス(レスポンスバイアス)、社会的バイアスの三つが挙げられます。選択バイアスは、調査対象の抽出過程で母集団を十分に網羅できないことで生じます。かつては固定電話のみを対象とする方式では若者や単身層を捕捉しにくいケースがあり、近年は携帯電話も含む調査方式が一般化しました。非回答バイアスは、調査の協力を拒否する人の性格や意識が回答者と異なるために発生し、回答率の低下とともに調査全体の偏りが大きくなるリスクを伴います。政府や報道各社の電話調査においても、回答率が下がり続けているという問題が指摘されており、協力を促す再コールやコストをかけたフォローが必要とされています。社会的バイアスは、人前で回答する際に「望ましい」と思われる選択肢を選んでしまう心理的傾向で、政治や道徳に関わるテーマでは特に顕在化することがあります(※4)。これを抑えるためには、対面や電話で直接答えを伝えるより、匿名性の高い郵送調査やオンライン調査の方が正直な回答を得られる可能性もあるという指摘がなされています。

日本における世論調査の歴史と社会的影響

日本の世論調査は戦後に急速に整備されました。連合国軍総司令部(GHQ)の影響下で、政府による大規模な意識調査が始まり、新聞各社も無作為抽出などの統計手法を取り入れるようになりました。内閣支持率や政党支持率といった定番の質問項目は、当初から政治報道の中核を成しており、やがて政局の行方や内閣交代の判断材料としても扱われるようになります。実際に支持率の急落が首相退陣を後押ししたと評される事例は少なくありません。また、選挙のたびに報道各社が行う情勢調査は、有権者の投票行動に影響を与える可能性も指摘されています。優位と報じられた候補や政党へさらに支持が集まる効果や、苦戦中とみなされた側への同情票を呼ぶ効果が、その典型例といわれています。ただし、こうした心理的影響の度合いは、選挙や世論の状況によって変化すると考えられ、一様には語れない部分もあるようです。

調査手法は時代のニーズに合わせて変わり続けてきました。かつては訪問面接が長らく主流でしたが、1980年代以降に電話調査へと移行し、固定電話からさらに携帯電話へと広がり、オンライン調査も実験的に取り入れられるようになりました。社会が多様化する中で、調査手法の設計やデータの補正はますます難しくなっており、同じテーマであっても調査主体や質問のしかたによって結果が異なる可能性があります。メディアや研究機関は、こうしたズレを最小限に留めるため、質問文の連続性やサンプリング手順の公開などに努めてきました。今後はさらなる技術革新や回答率の変動に応じて、従来の電話調査に代わる新しい方式が台頭するかもしれませんが、その場合も精度と信頼性をどのように担保するかが大きな課題になります。

調査手法の課題と今後の展望

日本の世論調査では電話を中心とする手法が長く優勢を保ってきましたが、回答率の低下や固定電話の利用減少が顕著になり、調査会社やメディアはさまざまな改良を試みています。たとえば自動音声応答やショートメッセージを組み合わせ、従来の調査で捉えにくい層から回答を得る方式が試験的に導入されています。政府の一部調査では郵送法やオンライン法を使った実験もあり、今後は複数の方法を組み合わせた調査法が一般化する可能性もあります。どのような手法を用いても、バイアスを完全に排除するのは難しいため、調査結果を受け取る側には、その背後にあるサンプリング手順や回答率、質問文の特性などを踏まえてデータを吟味する姿勢が求められます。世論調査は、しばしば「民意を測る」装置としての役割を担いますが、実施上の工夫と利用者のリテラシーを両立させることが、今後の健全な発展に欠かせない要素となるでしょう。

注釈

(注1) 第二次世界大戦直後の訪問面接調査では、住民基本台帳を用いて層化無作為抽出した対象者宅を直接訪ねる方法が行われていました。回答率は高めでしたが、対面調査であるがゆえの社会的望ましさバイアスや、人件費や時間的コストの大きさが課題になりました。
(注2) RDD方式は電話帳のみに依存しないため、非掲載世帯も含めることができるメリットがあります。ただし、初期のRDDでは固定電話が中心だったため、携帯電話ユーザーを捕捉できないという問題が生じました。
(注3) 日本では住民基本台帳や選挙人名簿が整備されており、かつての政府調査はそれらを用いた層化抽出で実施されることが多かったとされています。時代が進むにつれ個人情報保護の制約が増え、電話番号を用いたランダム抽出が主流になりました。
(注4) 社会的バイアスは、例えば性犯罪被害者やLGBTQに対する意識調査など、デリケートなテーマほど顕在化しやすいと言われています。対面や電話調査であっても、匿名性の確保や質問文の慎重な設計によってある程度は緩和できると報告されています。